アドニスたちの庭にて

    “…テニスの王子様?”

 


 随分と空の青みも濃くなり、ツツジの鮮やかな赤やユキヤナギの白、柳やサツキなどなどの瑞々しくも発色のいい若緑がよく映える、いかにも爽やかな頃合いになって来た。そんな清々しさの満ちた空へ触れたいかのように。伸びやかな長身の先の頭上へ、健やかな腕を高々と中空へ伸ばし、その手の先から蛍光色のボールをふわりと放つ。それを追うようにと煽られたラケットを操りつつ、真横から正面へ、体の向きを変えながらバランスのいい肢体がそれは滑らかに動いて。コートに響いたは“tang!”という、ガットがボールを叩く、堅いような柔らかいような歯切れのいい音。相手コートのネット前、サービスコートへと飛び込んだボールへ、そこは抜かりなく追いついた対手の青年が。そのまま正面の位置、サーブを打った青年からはやや遠い位置へとレシーブを返したものの。こちらもそのくらいは心得ていたか。サーブ位置から踏み込んでたコートの中、動きやすそうな短パンから伸びた長い脚での、余裕のある足取りにて追いついたそのまま、バックハンドで大きく左側へとラケットを振り切れば、
「…あ。」
 妙な声を発したは、すかさずのボレーで返そうとしかかったこちら側の青年。ボールにかかっていた微妙な回転のせいで、ガットを咬んだボールは思わぬ角度で跳ね返ってしまい、コートの外へ。
「フィフティーン・ラブ。」
 まずはと、亜麻色の髪をしたサービス側の青年がポイントゲット。よしっと空いてる手で胸元へ小さなガッツポーズを作ってから、コートサイドに散り散りに立ってたギャラリーたちの中、身内の陣営へと視線を投げれば。やたっと笑顔で喜んでくれてる、相変わらずに小さい後輩くんのすぐ後ろ。愛しい金髪の君だけは、何だか面白くなさそうに淡々としたお顔のままでいて。
“や〜っぱりね。妖一が企んだってことくらい、ちゃんと判ってたんだからね〜だ。”
 そんな表情から確証を得ちゃった亜麻色髪の貴公子様。だとしたら尚のこと、容赦しないんだからとばかり。手のひらの中でラケットのグリップをくるんくるんと回しつつ、再びサービスエリアまで、意気揚々と戻って行ったのでありました。




 ちょっぴりお久し振りですねの、ここは白騎士学園の敷地内。別れと出会いの春を彩った、緋白の桜も今はすっかりと散っての入れ替わり。眸にも鮮やかな新緑が、滴るような鮮やかさにて溢れ返ってる、都心とは思えないほど清々しいところの奥向きに。ここは一体どこのリゾート地ですかと思わせるような、余裕の面取りで並んだテニスコートが数面あって。あくまでもボールが遠くまで飛んでかないようにというフェンスに囲まれた、練習用のクレーコートが8面もと、も少し奥向きには階段状の観客席つきの特殊舗装のが2面もあって。どちらにも照明施設や手洗い場つきだし、すぐ傍らには着替えや何やに使ってくださいというクラブハウスまである此処は、大学部専用のテニスコートだったりし。………相変わらずの至れり尽くせりな、ブルジョワジーっぷりでございますのな。
(苦笑) 時はせっかくの連休の初日。とはいえ、合宿だ練習だという段取りでのコート使用ではないらしく。それが証拠に、結構な人影は周囲に集まっているものの、自分もテニスをやろうというトレーニングウェアでいるギャラリーは微妙に少なく。しかも、
「桜庭さ〜ん。」
 恥ずかしいのと、それから競技が競技なんであんまり賑やかに応援しちゃいけないかしらと、多少は遠慮して。ゲームの切れ目でだけ、脇の人垣の中から声を張ってる男の子は、実はまだ高等部の生徒だったりもしますしね。本当はとっても大人しくって、控えめで慎ましやかな子だってこと。広く知られてる彼こそは、高等部のアイドル、小早川瀬那くんといい。大人しくて内気そうなところがまた、幼い風貌を可憐に引き立て、それで人気も高いのが。今日は何としたことか、純白で裾の長い、応援団仕様の詰襟制服を着て来た勇ましさ。いや…勇ましいというか、やっぱり稚さは消えないもんだから、却って愛らしさを強調してもいるのだけれどもね。
(苦笑) そんな応援まで背負った貴公子、ソフトな印象の端正なお顔をきりりと引き締め、黄色のボールを足元へ、何度かついて、さあさ2ゲーム目へのサーブでございます。






            ◇



 白騎士学園では、同じ敷地内にて幼稚舎から大学院までという一貫教育を運営している、これもその関係でだろうか。ゴールデンウィークは、飛び石になろうと関係なく、全学部が連携して全授業を中断し、きっぱりとした連休を一斉に構える。…きっぱりと言って良いことかどうかは別なところで論じてもらうとして、そんな中長期のお休みを利用し、高等部では生徒会主催の“青葉祭”なんていう、新入生歓迎を謡った球技大会が開かれてたりもするのだけれど。大学生のお兄様がたともなると、独立独歩とでも言うものか、秋の学園祭以外ではあんまり学園全体でかかる行事というのはないのだとかで。だってのに、今回のこの運び。しかもしかも、
『え? でも、桜庭さんってテニス部に入られてたんですか?』
 向こう様から掛かって来たお電話にて、簡潔なご用向きを聞いてから。覚えがなかったので“あれれぇ?”と思ったところをセナくんが訊いてみると、
『いいや。』
 短くきっぱり、潔くも無駄のない、相手の人柄そのままなお返事が真っ直ぐ返って来たので。
『???』
 だったら何で?と、もう一丁 深く食いつかなかった弟くんだったのは。1歳でも年上の先輩さんへ煩わしい思いをさせるのを憚ったのと、この人はそういう人だっていうのがよくよく判っていたからと、それから…あのね?
「進さんvv」
 待ち合わせをしたのは、大学部の敷地の門前の並木道。高等部の通用門や正門の並ぶ同じ坂道のそのまた上に、最高学府だから位置取りも上ということか、それとも、体力のない幼子の通う幼稚舎や初等科学舎を手前の坂の下に据えただけの話なのか。山奥の一歩手前、丘の上に鎭座まします緑のキャンパスの入り口に。陽気の良いのに合わせての、真っ白な木綿のボタンダウンのシャツとインナーには濃紺のTシャツ、ボトムは濃色のワークパンツという恰好をした、黒髪のお兄様が立っておられて。
“ああ、やっぱりカッコいいなぁvv
 お背が高くて頼もしいお兄様。私服姿のせいだろか、シャープな印象のする立ち姿の、何とも大人びて映ること。軍服みたいな威容さえ滲んでた詰襟制服も、進さんの凛然とした気概をまんまに示して、雄々しくもお似合いだったけれど、こういうざっかけない恰好もまた、大人の余裕というのか懐ろの深さを感じさせ、セナくん、見ているだけでも ときめいてしようがない模様。もう高等部からは卒業なさった進さんなので、厳密に言えばセナの“お兄様”ではなくなったのだけれど。こうやって構って下さるのが嬉しくって嬉しくって仕方がないから。それで、どうせ直接お逢いするのだから、その時に訊けばいいやと思った末に、お電話では二の次にしちゃっただけのこと。
「すまなかったな。」
 高等部は青葉祭で忙しいのではないか? いいえ、実を言うとボクが参加してたフットサル、初戦敗退しちゃったんです。縦割りでの総合戦は日程がもっと進んでからですし、生徒会のお手伝いも“1日くらいは自由に使え”って陸から言われてしまって…と、余計なことまで並べ立て、案じていただいてごめんなさいですぅと、相変わらずに全身で恐縮し、気配りしちゃう弟くんで。
『…あんなに湿っぽい顔してたのが嘘みたいだよな。』
 だ〜から、ウチの場合は卒業なんてのを悲壮に構えても意味ないぞとあれほど言ったんだと。その甲斐谷くんから さんざっぱらからかわれている今日このごろ。だってやっぱり、出て行かれるんだっていうのは哀しかったんだもの。でもね、逢う機会が減ったなんていうことは全然なくって。そりゃあ、大学生のお兄様たちは講義の時間割が高等部とは微妙に違うので、もちょっとゆっくりしてらしてもいい曜日とかがあるのだそうだけど。剣道部に籍を置いておいでの進さんは、毎日の早朝練習も欠かさないので、通学の電車は結局前と同じだし。桜庭さんとか高見さんが気を回して下さって、お昼休みや放課後に、大学の敷地の方へと呼び出して下さりもするので、高等部時代と変わりなく、ほぼ毎日のようにお顔を合わせているくらい。そんな中で、不意なこととて、進さんからのお呼び出しがあり。連休中と言っても学校には毎日出掛けているのだし、青葉祭自体へも今のところは出番がなくなっちゃってるんですようと、だから心置きなく御用向きをお聞かせくださいという態勢に入ったセナくんへ、
「ああ、いらしたんですね。」
 丁寧なお声をかけて下さったのが、こちらも清潔そうなストライプシャツに、ぴしっとラインの入った深色のスラックスも几帳面そうな印象の高見さんなら、その傍らで舌打ち交じりに、
「お前ら、あいつを過保護にし過ぎだっての。」
 スリムな肢体を尚のこと強調している黒のカットソーに、やはり黒っぽい麻地のジャケット、濃藍のジーンズという、この人には珍しくも砕けた恰好も結構お似合いだってのに、いかにも不満そうにお顔を引きつらせておいでだったのが、
「あ…蛭魔さんっvv
 あの最強生徒会の関係者の中、この方だけは外部の大学へと進まれた、ちょっとだけお久し振りの金髪の悪魔様こと、蛭魔さんまでお顔を揃えておいでだったのが、嬉しかったけれど…やっぱり、
「???」
 なんでまた、今日ここにお集まりの皆様なのか。話がまだよく見えてなかったセナくんだったのは言うまでもなくって。
「ささっ、テニスコートはこっちですよ。」
 セナくんは学生生協さんとカフェテラスしか、まだ知りませんよね? 奥向きには面白い施設があるんですよ? 豊富な品揃えのDVDやネット接続で多種多様なブロードバンド経由にて映画が観たい放題っていう設備を充実させた、最新鋭の視聴覚室つき図書館に、屋内プールもある野鳥とバラのゴシック調クリスタル温室。野球場に陸上競技場に、農学部の牧場では乗馬も楽しめますし、畑では収穫体験もしたい放題…なんて、観光会社のガイドさんみたいに説明して下さる高見さんだったりして。
“冗談とか大仰な言いようじゃあないところが怖いよな。”
 くどいようだが、此処は都心。ぎりぎり何とか都内というほどの郊外ではなく、そんなところへそんな土地の使い方が出来てる、何とも豪気な学校法人ってだけでも凄まじいと。今は微妙に関係者ではなくなったので、一般人の振りで呆れる側にいる金髪の元諜報員さんが、別な意味合いから呆れたのが、
「じゃあ、セナくんはこれに着替えて下さいね?」
 したたるような緑があふれるキャンパスの中、少しほど奥向きまでを進んで、コートが見えて来たクラブハウスの前にて。紙袋を手渡されたセナくんと共に、その中身が何なのかが判ったから。意図を素早く察し、
“…そこまでするかい。”
 呆れたのが蛭魔なら、
「あの…ボクはもう生徒会関係者じゃないのに、これを着ても良いんでしょうか?」
 そっちの方向へ戸惑ったらしいのがご本人。くすすと笑った高見さんが言葉を添えるよりも前に、

  「何を言ってるの、応援と言ったらやっぱりこれでしょう?」

 そんなお声を割り込ませたのが、そのクラブハウスから出て来た桜庭さんで。こちらさんは意欲そのままのテニスウェアにすっかりと身を固めていらっしゃり、
「わあ、やっぱりお似合いですよう、桜庭さんvv
「ありがとねvv
 長身でしかも、四肢や肩、胸板に背中に足腰と、バランスのいい壮健な肉置き
(ししおき)なのがまた、ギリシャかローマの名のある彫刻にその範を見るかのような整いよう。勿論のこと、見かけ倒しの躍動美ではない証拠に、高校総体、所謂“インターハイ”にての、ソフトテニス部門では高校在学中の3年を負け知らずの通年チャンプとして君臨し続けた“帝王”でもあり、
「だからって、硬式テニスまで ちょちょいっとこなせると思われちゃあ困るんだのにね。」
 すっきりとした目許をそれは涼やかに和ませて、品のいい笑い方をした桜庭さんだったのに。セナくんと並んでた蛭魔さんは、やっぱりどこか棘々しくも、そっぽを向いてしまわれるばかりだったりし、

  「?????」

 ますますのこと、何が何やら判らないまま。そんな桜庭さんの応援をしてあげて下さいねと、元生徒会の皆々様から、呼ばれてしまったセナくんだったらしかったりするのである。






            ◇



 対戦相手はなんと、大学部のテニスサークルの部長さんで。しかもインカレ・テニス界にその人有りと評判でもあるという、結構な凄腕のプレイヤーさんなのだとか。
「何でまた、そんな人と試合することになったんですか?」
 確か、桜庭さんは高等部でもそうだったように運動部へは所属していない筈。これもいよいよの大人の仲間入りということか、お家の方でのプライベートな色々への顔出しの機会が増えるため、体を空けておく必要があるからだという説明を、いつぞや聞いたことがあったセナくんなのだが。その一方で、やっぱりせっかくの運動神経を遊ばせておくだなんて勿体ないと、思う先輩方も少なくはなかったらしく。色々な部やサークルさんからの、入部要請のお声かけは、それこそ進学前からも盛んにあったらしい。それら全てへ、
『僕のような者の力量を見込んでいただいたというだけで、とっても有り難いお話なのですが。』
 ご自身で丁寧にお断りのご挨拶をして回って一件落着したはずが、どういう粘りか、このテニスサークルだけはなかなか諦めてくれなかったのだそうで。そこでと、桜庭さんが持ちかけたのがこの試合。
『僕が負けたら熱意に負けたということで、入部しようじゃありませんか。』
 でもね? よくよく考えると、何だか理屈が訝
おかしいような。だって、実力を買われての入部の要請なのに、そんな桜庭さんを負かすようなサークルでないとと言われた訳で。逆に言えば、自分たちで負かせるような人を、ほしいと言ってる部だって事にもならないかしら? そんなこんなに混乱しかかってたセナくんへ聞かせる意味でも、
『だからって、硬式テニスまで ちょちょいっとこなせると思われちゃあ困るんだのにね。』
 なんて仰せだった桜庭さんは、半袖のポロタイプの純白のテニスウェアを目映いほどにも躍動させて、赤みがかったクレイコートを、そ〜れは俊敏にも切れよく駆け回っておいでだ。アマチュアの非公式ゲームということで、6ゲーム先取の1セットマッチ。
「えと…?」
 硬式テニスはまた得点ルールが違うのかしらと、小首を傾げた弟くんへは、
「1ゲームにつき4ポイント先取というところはソフトテニスと同じですよ。」
 高見さんが説明して下さって。ちなみに、ソフトテニスは長らく2人制だったが、1993年からはシングルスも始まったそうで。でも、インターハイのは…どっちだったんでしょうねぇ。すいません、調べが行き届いていませんで。
(焦っ) 他のスポーツとは微妙に違い、ゴルフのパットみたいに集中力に障りのないようにと、極力応援の歓声は控えるのがテニスなせいか。プレイに入ると…コート周辺に響くは、ガットがボールを叩く堅い音とダッシュをかけるプレイヤーの靴音ばかり。なのに何でまた自分が呼ばれたのか、
“それも、こんなお着替えまでして…。”
 懐かしの生徒会応援団服である真っ白な学ランを、わざわざ着せられたセナくん。昨年の高校総体の応援で着たのが最後で、緑陰館の倉庫の行李に入れといたのにな。高見さんたら、わざわざ探して持って来たのだろか。大柄なお兄様がたの凛々しくもご立派な勇姿と並ぶと、何だか…子供が大人の中に交ざってるみたいで滑稽かもだななんて、引け目を感じたこともあったのにね。勿論、応援合戦が始まれば、そんな些細な気欝なぞ、あっと言う間に吹っ飛んだ、断然“本番に強い”セナくんだったのだけれども。
(笑) 今日もやっぱり、思い切り場違いなカッコだなぁって、最初は戸惑ってもいたのだけれど、試合が始まれば話は別で、緊張が途切れる間合いを狙って、熱心な声援を送り続けている彼であり。そんな応援も功を奏してのことか、
「あっ!」
 速いピッチでのボレーを返しては相手を左右に振り回し、とどめにと短いロブでネット際に意地悪なショットを決めた桜庭さんが、手際よくも連続ストレートにて3ゲームを連取してしまい。立場による差だろう、悲喜こもごも、いろんな声での溜息が辺りから上がったところで。ベンチに戻った亜麻色の髪をした貴公子様。タオルで汗を拭いつつ、ちらりと見やったは…応援の一団の中、つまらなさそうに口元をやや尖らせている、金髪の恋人さんのお姿で。

  “そうそう思うようには行かないんだからね。”

 何でまた、あんまり執拗に食い下がると…そういう筋違いなことをこそ嫌う高貴な性根の人だからまずはそんなことはなかろうが、それでも…桜花産業まで怒らすことになんぞという、ある意味で“リミッター”というか“セーフティ”というかを持ってる桜庭相手に、諦め悪くもモーションを送り続けたテニス部なのか。黙ってたって部員には困っていない、花形サークルらしからぬことと怪しんで、それとなく探りを入れたら…あぶり出されたのが、あの悪魔さんからの横槍で。
“学校生活をせいぜい忙しくしてやりゃあ、自分へ向けて“逢いたい”じゃ何じゃと うるさく泣き言言って来なくもなろうだなんて。”
 思ったのなら、馬鹿にしないでよねと………一応は憤慨したけど、そう言えば。週末になるとどこかで必ず開催されてる、インカレ・アメフトの試合を目当てに、スタジアムまでわざわざ運ぶだけに収まらず。ミーティングが終わるまで待ってるからとか何だとか、声をかけてる桜庭くんだったりもし。ただ単なるお友達だってのなら、今日は帰れなんて追い返せもして、それもありなのだろうけど。さりげなくもボディガードを侍らせし、この若さでVIPなお兄さんがまとわりつくのって、
“…忙しい身の妖一には、やっぱり面倒なんだろか。”
 当人を困らせる好き方は変だと、選りにも選ってあの進から諭された高等部時代の騒動を、またぞろ繰り返してる自分なのかな。これって妖一の企みだって気づいたもんだから、受けて立ったぞと言わんばかり、対戦相手の部長さんが…実は高等部時代から大ファンだったというセナくんまで引っ張り出して、動揺を誘おうという徹底振り。ここまでやったからには、勝っても負けても妖一からは、
“…やっぱり煙たい奴だなって思われちゃうんだろうか。”
 俯くようにしてタオルにお顔を半ばほど埋めたまんま、ちょっぴり気勢が沈んでしまった桜庭くん。大きくて頼もしいはずのその背中、ちょこっとだけ丸くなっちゃったのが見えたのへ、
“…あのヤロめ。”
 そんな姿なんてやっぱり見たくはなかったから。はぁ〜あと溜息ついてから、

  「こんのサクラ馬鹿っ!」

 ざわめきはあったけれど静かだったコートに轟いた、突然の罵声へと。えっ?えっ?と皆様が声の主を捜す中。
「…っ!」
 はっとしてお顔を上げた桜庭さんご当人が真っ直ぐ見やった先では、
「………。」
 やっぱり不機嫌そうにお口を歪めていた誰かさん。だけども、その肩を大きく落としてから、しょうがないなぁって柔らかく笑って見せてくれたから。
「…あ。」
 もう怒ってなんかないよって。こんな段取り組んじゃったほど、この野郎って勢いで怒ってたのはホントだけれど。君がしょげちゃうのはやっぱり嫌だって、向こうからの降伏、示してくれたから。
「よっしっ!」
 これでやっと踏ん切りもついた。不敵そうな表情も新たに、さぁさ残りのゲームも平らげましょうかと、覇気目一杯に立ち上がった桜庭さんであり。………相手の部長さんには、本当に踏んだり蹴ったりでお気の毒なことです、はい。
(苦笑) いやはや、空も青くて緑も心地いい、そりゃあ気持ちがいい1日だってのにねぇ…。









  clov.gif おまけ clov.gif


 結局はお見事なストレート勝ちにてスピーディーに決着もつき、
「ああ、セナくん。その制服はお家へ持って帰って下さいね?」
 やっぱりクラブハウスで元のお洋服へとお着替えをしたセナくんへ、高見さんがそんな一言をお届け下さり。
「はい?」
 え? だって、あのその。これを仕立てた時も、私物になるなんて言われてなくて。第一、それだったらお代を払ってはいませんが? どぎまぎしちゃったセナくんへ、
「だから♪」
 すっかりとご機嫌も直ってしまった、いい汗かいたばかりの桜庭さんが付け足したのが、
「こんな言い方をすると何だけれど、セナくんが使ってた制服です、マグカップですなんていう事実がそのまま“プレミア”になっちゃうからね。だから、緑陰館にいた間の専用使用物品は“私物”とみなして持ち帰ってもらわないと。」
 ここでお声をぐんと低めて、
「どんなマニアが窃盗もどきの騒ぎをしでかすやら、だからね。」
「あわわ…。」
 こらこら、あんまり怖がらせるもんじゃないって桜庭くんったら。
(笑)
“でも、事実ではありますからねぇ。”
 はい?
“桜庭くんの触れた“私物”なんて、在籍中からもしょっちゅう謎の紛失を遂げてましたし。果ては進や僕なんかのノートやペンまで、そりゃあ唐突に在所不明になってたもんです。”
 あやや。几帳面そうな高見さんがどっかに置き忘れるはずはなし、それってやっぱり故意に持ってかれたんでしょうねぇ。進さんや高見さんの持ち物ともなれば、何か…受験に受かりそうだったり試合に勝てそうだったりするんじゃないのでしょうか。
「セナくんとか甲斐谷くんの持ち物も、同じ理由で危ないには違いないもの。だから…。」
 気をつけて管理しなきゃねと言いかけた桜庭くんの眼前から、その小さな後輩くんの姿が忽然と消えたのは、
「…進さん?」
 私物も本人も自分のだと言いたいのか、それとも無駄話はもうよかろうと切り上げさせたかったか。やや強引な方法ながら、ひょいっと抱き上げて、そのまま小脇に抱えての強制退場。何事かと一番びっくりしていたセナ本人へは、
「姉がな、逢いたいとうるさいのだ。」
 だから。今からお家まで来てくれということならしく。一刻でも勿体ないと言わんばかりの所業が、判りやすいやら、

  “可愛いもんですねぇ。”

 本当にもうもう、どちらの方々もお好きな人へは威風も何もあったもんじゃあなく形無しなんですからと。桜庭さんの現金さも、蛭魔さんの実は母性
(?)の強いところも、進さんの言葉より行動なところさえ、微笑ましいことと片付けて“くすすvv”と苦笑をなさった高見さんだったのだけれども。



  ………そんな通り一遍の言いようで片付けてもいんだろか?
(笑)






  〜Fine〜 06.4.30.


  *以前、国体のお話を書いてた時に、
   「桜庭くんのテニスの王子様っぷりが見たいですvv」というお声を聞いたのを
   今頃 唐突に思い出しまして。
   関西地方では、朝のアニメの時間帯にテニプリを再放送していることもあり、
   ちょこっとだけ書いてみよっかなと手を出してみました。
   ルールも何も全然知らないくせに、無謀な奴です、相変わらず。
(苦笑)
   

ご感想はこちらへvv***

戻る